盛岡の朝は冷える。
気温5度。冷気が顔の熱を奪っていく。
早朝6:00。体操をして、ランニングがはじまる。
行き先を決めることもあれば、何も決めずに走り、道に迷うこともある。今回は前者だ。
今年、とある番組で宮沢賢治の特集をみた。盛岡に宮沢賢治像と彼が作った出版社の建物が残っているらしい。
雨ニモマケズ 風ニモマケズ …
からはじまる”雨ニモマケズ”
冒頭は日本人なら一度は聞いたことがあるだろう。
ホテルから2キロほどの宮沢賢治像を最初のポイントに決めた。
“雨ニモマケズ”を一読してから、向かう。
彼は手帳のメモに”雨ニモマケズ”を書いていたそうだ。
雨ニモマケズ手帳の最後には、
南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩
と書かれている。
南無妙法蓮華経とあるので、彼が法華経を深く信仰していたことがうかがえる。
人力車という仕事柄、多少はお寺に関することを知っているが、無辺行菩薩などははじめて耳にする菩薩の名前だ。
どうやら、上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩の四菩薩というらしい。法華経に登場する菩薩たちだ。
もうひとつ、鎌倉のお寺でもよく唱えられている「四弘誓願」という言葉を思い出した。
その最初に「衆生無辺誓願度」という誓いがある。迷い苦しむ生きとし生けるものは無数にいるが、そのすべてを救おうとする誓いだ。
四菩薩と四弘誓願は同じものではないが、どちらも菩薩の誓いや実践につながっている。
“雨ニモマケズ”に書かれた、困っている人のもとへ行き、手を差し伸べようとする姿。そこに、こうした仏教の教えにも通じるものを感じた。

先週、福島県の藤沼湖で演奏をしてきた。
私はたまたま太鼓で藤沼湖に行ったのだが、彼が丈夫ナカラダヲモチ、私と同じように生きていたのなら、被災地にすぐに行ッテいたのだろうか。
救いを求めるものがあれば、手を差し伸べる。わかってはいてもなかなかに難しい。
ならば、救いを求めるようなことが起きる前に、備えをすることはできないだろうか。
最近、共助という言葉がよく使われる。地域のつながりを生む機会を創出することができれば役立つかもしれない。
関係人口という点においても、色々な場所で活動をすることが、お互いの地域に興味を持つことにつながる。
同じ体験を共有することが、助け合うことの備えになるではなかろうか。
強いては同じ地球に生きる仲間と考えるだけでも、今より優しくなれるのではないだろうか。
“雨ニモマケズ”が、私に気づきをくれた。
そんな、宮沢賢治像の右拳の中には可愛らしい黄金色になったネズミが一匹包まれていた。
ネズミを触ると、幸運になるらしい。
触れてみると、ツルツルで冷たい。
彼は凍えるネズミを手で温めてあげているのかもしれない。
もし車で通っていたら、
座っているの男の像が宮沢賢治であり、手の中にねずみがいることに気づかないだろう。

最後に一部抜粋して、雨ニモマケズの文を置いておきます。
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
…
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
…
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズサウイフモノニ
ワタシハナリタイ
